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      <title>ウィペットの暮らし日記</title>
      <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
      <lastBuildDate>Tue, 06 Oct 2009 03:47:59 +0900</lastBuildDate>
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            <item>
         <title>リムランド</title>
         <description><![CDATA[リムランド 
ランドパワーとシーパワーの接触地域である中国東北部から東南アジア、インド半島、アラビア半島を経てヨーロッパ大陸にいたる長大なユーラシア沿海地域を指す。降雨量が一般的に多く、農耕の生産性が高く、人口稠密地域であり、多くの文明、宗教、技術の発祥地であり、政治的には多くの国家によって領土は分割されているという特徴がみられる。 
ただ、中東地域はリムランドには珍しく現在では不毛な地域を多く含んでおり、ゆえに、歴史上しばしば統一的な超大国が発生する傾向がある。この地域は生存適地、資源地域を多く含んでおり、この地域の国家が連携すれば非常に強大な勢力に成長しうる。また、この地域はハートランドと隣接しており、ランドパワーの進攻があれば連合化する傾向がみられる。 
<a href='http://teikxd.kmigkk.net/'>ズッコケ男道</a>
<a href='http://zhxjhj.jkjbfa.org/'>タルトちゃん</a>
<a href='http://kcfikb.jgxney.com/'>とんがり帽子</a>
<a href='http://jzcikz.mwirpd.biz/'>ハチミツマーヤ</a>
<a href='http://jdew.dkghig.info/'>ピッチの表現の自由</a>
<a href='http://cedstx.jssryu.com/'>ブレンドコーヒー</a>
<a href='http://pbtrtj.nmusxe.info/'>マイクマン</a>
<a href='http://zkjr.ennhha.biz/'>ももたろう</a>
<a href='http://yzwtr.jpnyrn.org/'>レタスの雑記帳</a>
<a href='http://anigy.cdkzfk.net/'>飴色の部屋</a>
<a href='http://ugpx.iksuzh.com/'>王子のコンピュータ入門</a>
<a href='http://twscmb.pptayh.biz/'>花いちもんめ</a>
<a href='http://wckck.eisgbm.biz/'>楽しい暮らしライフ情報サイト</a>
<a href='http://ryeed.hnfpbw.info/'>丘を越えて</a>
<a href='http://wcrs.jjnihs.com/'>空っぽの世界</a>
<a href='http://pffc.uidtjg.net/'>幸せビーム！</a>
<a href='http://gyzkjh.ssatyg.org/'>雑学物知り日記</a>
<a href='http://pzga.mekxmu.info/'>主婦の気ままな案内</a>
<a href='http://titjc.jwzpjs.org/'>将棋王国</a>
<a href='http://inuh.txntrk.biz/'>心優の触らぬ神に祟りなし</a>

従来の近世から近代にかけて研究されてきた地政学は、主に、マキャベリの現実主義的な国際関係観に立ったものであり、国際協調主義が一般化している現代においては、主観性や前時代的な性質、イデオロギー性が現れている。大陸国家系地政学（ハウスホーファーやチェレン、ラッツェルなどの地政学）は、国家の自給自足の重視し、国際関係は常に生存競争の状態にあると考え、国家を一個の生命体とみなして発展し続ける必要性があると定義し、そのためには拡張政策をも正当化する。]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/10/post_37.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/10/post_37.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 06 Oct 2009 03:47:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>韓国では国語と道徳も国定教科書制である</title>
         <description><![CDATA[韓国では国語と道徳も国定教科書制である。ここで気付くのは「全教科が国定教科書というわけではない」ということ、つまり「歴史の教科書には国が関与しなければならない理由（＝国家のウソ）がある」ということを間接的に裏付けている。さらに歴史に加え、国語と道徳をも国定教科書にすることで人格の形成にまで政府が踏み込んでいるのである。今の韓国の偏向メディアやノムタン等は成果なのでしょう。 
大東亜戦争における米国による原爆投下は日本に対する天罰であるとの考え。 
日本国内で重要文化財を含む多くの仏画、仏像などの文化財の窃盗に韓国人が関与し、盗まれた文化財の多くは韓国に渡っていること。特に長崎県・壱岐の安国寺から1994年に盗まれた仏教経典「大般若経」が、翌1995年、韓国で国宝に指定され、日本に戻ってきていないこと。 
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世界基督教統一神霊協会や聖神中央教会、摂理、創価学会などの韓国系のカルトによる被害。 
竹島問題での国際法違反。 
一部韓国人が竹島ばかりか対馬の領有権を主張し、対馬に来島する韓国人旅行客が、壱岐対馬国定公園内に韓国の国花であるムクゲを無許可で植栽し、逮捕者も出すなどの問題を起こしていること。 
日本海呼称問題:国際的に認められていた日本海の呼称を各国に働きかけて、東海などに書換えさせることを図る動き。 ]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/10/post_36.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/10/post_36.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 Oct 2009 22:55:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>日露戦争の戦場であった満州</title>
         <description><![CDATA[日露戦争の戦場であった満州（東三省・現在の中国東北部）は清朝の主権下にあった。満州族による王朝である清は建国以来、父祖の地である満洲には漢民族を入れないという封禁政策を取り、中国内地のような目の細かい行政制度も採用しなかった。開発も最南部の遼東・遼西を除き進んでおらず、こうしたことも原因となって19世紀末のロシアの進出に対して対応が遅れ、東清鉄道やハルピンを始めとする植民都市の建設まで許すこととなった。さらに義和団の乱の混乱の中で満洲は完全にロシアに制圧された。1901年の北京議定書締結後もロシアの満洲占拠が続いたために、張之洞や袁世凱は東三省の行政体制を内地と同一とするなどの統治強化を主張した。しかし清朝の対応は遅れ、そうしているうちに日露両国が開戦し、自国の領土で他国同士が戦うという事態となった。
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終戦後は、日本は当初唱えていた満洲に於ける列国の機会均等の原則を翻し、日露が共同して利権を分け合うことを画策した。こうした状況に危機感をつのらせた清朝は直隷・山東からの漢民族の移民を奨励して人口密度の向上に努め、終戦の翌々年の1907年には内地と同じ「省・府・県」による行政制度を確立した。ある推計によると、1880年から1910年にかけて、東三省の人口は743万4千人から1783万6千人まで膨れ上がっている。[10]さらに同年には袁世凱の北洋軍の一部が満洲に駐留し、警察力・防衛力を増強するとともに、日露の行動への歯止めをかけた。また、日露の持つ利権に対しては、アメリカ資本を導入して相互の勢力を牽制させることで対抗を図ったが、袁世凱の失脚や日本側の工作もあり、うまくいかなかった。また、1917年のロシア帝国崩壊後は日本が一手に利権の扶植に走り、ついに1932年には自身の傀儡国家である満州国を建国した。]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/09/post_35.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/09/post_35.html</guid>
        
        
         <pubDate>Tue, 22 Sep 2009 13:52:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>盤竜類段階においては</title>
         <description><![CDATA[盤竜類段階においては二次口蓋は存在しなかった。これは、かれらが変温動物であり、それほどエネルギーを必要としていなかったからであろうと推定されている。しかしこの当時、（便宜的に両生類とされている）ディアデクテスは既に骨性二次口蓋を完成させていた。やがて三畳紀に入ると、ディキノドン類、テロケファルス類、キノドン類などがそれぞれ別個に骨性二次口蓋を完成させていった。これは、ペルム紀末の環境変化により酸素濃度が低下したからだとされる。

上記の様に低酸素の環境下で呼吸効率を高める必要が生じたため、腹部の肋骨が縮小している。おそらくはほぼ同時期に横隔膜が形成され、胸郭と腹郭が分けられた。これにより呼吸の効率が上昇した。一方恐竜はより効率的な呼吸システムである気嚢を発達させていた。これが中生代における両者の明暗を分ける事になった可能性がある。
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また、肋骨が退化した事で胴をよじる事が出来る様になった。これは、哺乳行動や体毛の存在などとも関わりがある事である。

比較的初期のディノケファルス類の化石には、珍しい事に皮膚が残されていた。[19]その体表には鱗は無く、無数の腺らしきものが観察されたという。一説によればこれは汗腺ではないかというが、その正体は定かではない。ただ哺乳類の胎児の発生過程においては、汗腺や脂腺よりも乳腺の方が早く現れている。]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/09/post_34.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/09/post_34.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 04 Sep 2009 05:58:35 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> シンジケート </title>
         <description><![CDATA[このようなリスクを分散させるために、現在、高額で人気のある種牡馬は個人が所有するよりも、シンジケートと呼ばれる法人による所有が一般的である。この法人は種牡馬の種付権を株に分割してシンジケートの構成員がそれぞれ所有し、株の売買は一般的に自由である。現在シンジケートは60口で構成されるのが通例である。例えばディープインパクトの場合は1口8500万円で60口、総額51億円でシンジケートが組まれたといわれている。この場合、仮に種牡馬の所有を単独で行った場合は一人で51億円ものリスクを負うことになるが、シンジケートを組む事で一人あたりのリスクは8500万円に抑える事ができるというメリットがあり、この手法によって従来では考えられなかったような高額の種牡馬の売買が可能になった。
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<a href='http://dfin.fmueph.net/'>二者択一の遥稀</a>

株の名義者は、1株につき毎年1頭の交配権利を有すると共に、種牡馬の維持のためのさまざまな経費を持分に応じて分割して負担する。株は売買も可能で、そのための市場も存在する。株の売買は、株の所有権を完全に売買するもの（本株）、単年度の権利に限って売買するもの（シーズン株、ノミネーション）がある。60口のシンジケートを組んだ種牡馬でも毎年60頭以上の種付が行われる場合があり、これを余勢という。余勢種付によって得られた利益は株の所有者に分配される。株の所有者は株主総会を開いてこうした余勢の数を決めるなどの運営を行うが、種牡馬の価値が低下した場合はシンジケートが解散され、種牡馬が売却される場合もある。]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_33.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_33.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 21 Aug 2009 13:20:22 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>病気でいることによって</title>
         <description><![CDATA[病気でいることによって、本人が得られる利得。周囲の気遣いを受けられる、弱者・被害者でいたり、他者に依存できたりする。たとえば、「あなたは病気でない」と言われて怒る者は、病気利得を得ようとする要素を持つ可能性が高い。

依存や嗜癖を続けることによって得られる利得。薬物依存症では麻薬・覚せい剤・大麻・タバコなどを繰り返し乱用し続けることによって、不快な禁断症状を刹那的に和らげることができる。さらに、依存している間は、依存による現実の害に直面して不安を感じなくて済み、刹那的であっても快楽をえられるなどの利得がある。依存症・嗜癖者の語る否認は、依存利得を得る目的で行われる。
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学校・仕事を休める、公的な補助金を得られる、などの利得を得られる。詐病による公務員の長期欠勤が批判を浴びたことがある。

病人として大切にされるという病気利得を得るため、病状などについて虚偽を並べ立てる。精神疾患の一種。
]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_32.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_32.html</guid>
        
        
         <pubDate>Fri, 07 Aug 2009 15:56:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>爆弾酒</title>
         <description><![CDATA[爆弾酒（ばくだんしゅ、ポクタンジュ）とは、韓国において、ウイスキーをビールで割って作った酒[1]。またそれを飲む慣習のこと。

ボイラー・メーカーにほぼ等しい。基本的なスタイルは、ビアタンブラーやジョッキに注いだビール（爆薬）の中に、ウイスキーや焼酎を入れたショットグラス（雷管）を落とす。サケ・ボムと同じで、指で突付いたり、テーブルを叩いたりと、落とし方でいろいろ楽しめる。また、単純に両者を混ぜるだけのこともある。通常はこれを一気飲みする。飲み干した後、ジョッキを頭上に掲げて振り、カラカラと音をさせて残らず飲み干したと座に示すこともある。アルコール度数が比較的高く、ビールの炭酸がアルコールの吸収を早めるので酔いやすいとされる。後述するように酒宴の余興として多くのバリエーションが生まれている。ソジュ（焼酎）で作るものは英語では"soju bomb"と呼ばれる。
<a href='http://bkarfs.org/'>ダイエット日記に挑戦</a>
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<a href='http://hikaku.sendentai.com/'>おもちゃの小部屋</a>
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<a href='http://sfmfza.net/'>マーメイドの観光農園視察</a>
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<a href='http://ftzyjk.info/'>マイホームの掃除術伝授</a>
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<a href='http://jjnihs.com/'>仮面自動車視察ツアーの案内</a>

爆弾酒は、ナイトクラブやルームサロンなどの個室カラオケ系の店で行われる二次会で多くみることができる。特に上司や先輩、大学教授など目上の人が作って飲ませる場合には、無条件で一気に飲み干さなければならない。儒教秩序による上下関係と、韓国特有の恨文化の両方が影響しあって生まれた飲酒文化といえるが、容易にアルコールハラスメントに発展しかねない。また爆弾酒に興ずるあまり泥酔した議員や高位官僚、軍人らによる舌禍事件、乱闘事件なども起きている。
]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_31.html</link>
         <guid>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/08/post_31.html</guid>
        
        
         <pubDate>Sat, 01 Aug 2009 13:42:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>シノペのディオゲネスは</title>
         <description><![CDATA[シノペのディオゲネスは、既存の国家（ポリス）を超越した世界政府を構想した。その世界政府の国民がコスモポリタンである。この思想はストア派を介して近代にも受け継がれた。イマヌエル・カントは歴史の終極としての世界政府の理念を論じ、その現実的な不可能性を認めはするものの、現実に有効な法としての世界市民法の可能性を論じた。彼の世界市民法の具体的な内容は、世界市民として現状の各国の市民（国民の意）は相互に訪問権を認められるべきであるといったものである。

共同体が、その共同体に対し功績のある人物や、出身の著名人などを、名誉市民とすることがある。多くの場合は単なる称号だが、アメリカ合衆国名誉市民には、実際にアメリカ合衆国の市民権が与えられる。
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共同体が市でない場合は、名誉町民、名誉村民、名誉区民、名誉都民、名誉道民、名誉府民、名誉県民などと呼ぶこともある。

社会の政治的主権者としての「市民」の定義は様々であるが、以下のようなニュアンスを含んでいると解釈されることが多い。

自立性 
市民は、匿名的な大衆の一部としてではなく、個々人として自主独立の気概を持ちつつ、自律的に活動する。 
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         <pubDate>Tue, 14 Jul 2009 01:41:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>原茶では味わえない味と香りを</title>
         <description><![CDATA[原茶では味わえない味と香りを楽しむために、複数の茶葉を混合したものをブレンドと呼ぶ。ブレンドには大きく分けると2通りあり、異なる産地のものを合わせる場合と、同じ産地で違う茶園や違う日にちに採取した茶葉を合わせる場合がある。また香料やその他の方法で茶葉に香りを定着させたりハーブやドライフルーツなどを混合したものは、着香茶（フレーバーティー）と呼ばれる。大手メーカー（パッカー）の商品にブレンドが多いのは、安価で安定した茶葉を広く流通させるためである。 以下に良く知られるブレンド名を示す。
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ブレックファスト 
名前の通り、朝起き抜けに、あるいは朝食に添えて飲むためのブレンド。水色がかなり濃く、比較的強い渋味を持つ。イングリッシュとアイリッシュの二種があり、特に後者は渋味が強い。通常ミルクティーにして飲む。 
アフタヌーン 
午後のひとときに味わって飲むためのブレンド。ブレックファストに比べると渋みが少ない傾向だが、味や香りはパッカーによりさまざま。 
HMB (Her Majesty's Blend) 
女王陛下のブレンドという意味。通常リッジウェイの物を指す。渋味の抜けたスッキリとした味わい。 ]]></description>
         <link>http://fugeczw.hohoemi35.com/2009/07/post_29.html</link>
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         <pubDate>Sun, 05 Jul 2009 18:04:41 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>花粉が肉眼で見ることができないこともあって</title>
         <description><![CDATA[花粉症がいつ頃出現したかについては、花粉が肉眼で見ることができないこともあって明確には判っていない。紀元前500年ごろのヒポクラテスの著書『空気、水、場所について』の第三節にさまざまな風土病が述べられているが、季節と風に関係しており、体質が影響し、転地療養が効果的であるということから、現在でいうアレルギー（季節的アレルギー）の機序を考えてよさそうなもの、すなわち現在でいう花粉症もあるかもしれないとの考えもある。ローマ帝国時代の医師ガレヌス（紀元前130年?200年）も花粉症らしい疾患について述べており、紀元前100年ごろの中国の記録にも、春になると鼻水および鼻詰まりがよくあるとのことが示されているという。西暦1000年ごろのアラビアの医師によって、花粉症らしい疾患とその治療法が記録されているともいわれる。[要出典]

より近代医学的な記録で最古のものは、1565年（一説には1533年）のイタリアの医師 Leonardo Botallus によるものとされる。「バラ熱（Rose cold または Rose fever）」と呼ばれる症状で、記録によれば、その患者はバラの花の香りをかぐとくしゃみやかゆみ、頭痛などの症状をおこすという。原則的にバラは花粉を飛散させないため、花粉症であるとは言い難いが、現在でも Rose fever は「晩春から初夏の鼻炎」様の意味で Hay fever 同様に用いられることがある。

花粉症であることが確かな最初の臨床記録は、1819年にイギリスの John Bostock が、春・秋の鼻症状、喘息、流涙など、牧草の干し草と接触することで発症すると考えられていた Hay fever と呼ばれる夏風邪様症状について報告したものである。彼自身も長年にわたって症状に苦しめられたというが、有効な治療法は発見できなかったという。彼は最初これを夏季カタルと呼んだ。発熱（fever）は主要な症状ではないので、粘膜の炎症を示すカタルの方が適切ではあった。この報告の後しばらくの間、この症状は「Bostockのカタル」と呼ばれたと言われる（なお、 Hay fever は枯草熱と訳されているが、字義通りに解釈するのであれば、干し草熱とした方が適切であった。Hay とはイネ科の牧草 grass の干し草を指すからである）。1831年には同じくイギリスの J.Elliotson により、証明はなされなかったが花粉が原因であろうとの推定がなされた。そして1872年、北アメリカでブタクサが Hay fever の原因であるという報告がなされた。ブタクサは Hay ではないが、その当時すでに Hay fever という名称は定着していたと考えられる。
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その後、イギリスの Charles H. Blackley によって、 Hay fever は気温の変化あるいは花粉が発する刺激性のにおいや毒素などが原因とする考えが、実験的に否定された。彼は空中花粉の測定、鼻誘発試験や皮膚試験など、現在でも通用する試験を行ってイネ科花粉症を実証し、遅発相反応にさえ言及した著書『枯草熱あるいは枯草喘息の病因の実験的研究』を1873年に著した。これにより Hay fever は Pollinosis （花粉症）と呼ばれるようになった（ pollen は花粉のこと）。これらのことから、自らも花粉症であった Blackley は花粉症の父と呼ばれている。しかし、アレルギーという概念が成立するには20世紀になるまで待たなければいけなかったため、この段階では花粉に過敏に反応する人とそうでない人がいるということしか分からなかった。

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         <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 10:21:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title> 新政府側の強硬論と寛典論</title>
         <description><![CDATA[新政府側でも徳川家（特に前将軍慶喜）に対して厳しい処分を断行すべきとする強硬論と、長引く内紛や過酷な処分は国益に反するとして穏当な処分で済ませようとする寛典論の両論が存在した。薩摩藩の西郷隆盛などは強硬論であり、大久保利通宛ての書状などで慶喜の切腹を断固求める旨を訴えていた[8]。大久保も同様に慶喜が謹慎したくらいで赦すのはもってのほかであると考えていた節が見られる[9]。このように、東征軍の目的は単に江戸城の奪取のみに留まらず、徳川慶喜（およびそれに加担した松平容保・松平定敬）への処罰、および徳川家の存廃と常にセットとして語られるべき問題であった。

一方、長州藩の木戸孝允・広沢真臣らは徳川慶喜個人に対しては寛典論を想定していた。また公議政体派の山内容堂・松平春嶽・伊達宗城（前宇和島藩主）ら諸侯も、心情的にまだ慶喜への親近感もあり、慶喜の死罪および徳川家改易などの厳罰には反対していた。
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新政府はすでに東海道・東山道・北陸道の三道から江戸を攻撃すべく、正月5日には橋本実梁を東海道鎮撫総督に、同9日には岩倉具定を東山道鎮撫総督に、高倉永祜を北陸道鎮撫総督に任命して出撃させていたが、2月6日天皇親征の方針が決まると、それまでの東海道・東山道・北陸道鎮撫総督は先鋒総督兼鎮撫使に改称された。2月9日には有栖川宮熾仁親王が東征大総督に任命される。先の鎮撫使はすべて大総督府の下に組み入れられた上、東征大総督には江戸城・徳川家の件のみならず東日本に関わる裁量のほぼ全権が与えられた。東征大総督府参謀には、正親町公董・西四辻公業（公家）・広沢真臣（長州）が任じられたが、寛典論の広沢は12日に辞退し、代わって14日強硬派の西郷隆盛（薩摩）と林通顕（宇和島）が補任された。2月15日、東征大総督は京都を進発して東下を開始し、3月5日には駿府に到着。翌日には江戸城総攻撃の日付が3月15日と決定された。
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         <pubDate>Sat, 30 May 2009 13:23:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>比較して定型化された</title>
         <description><![CDATA[従来に比較して定型化された1943年型と呼ばれる師団編成が規定された。2個大隊からなる1個戦車連隊及び2個装甲擲弾兵連隊が基幹となった（この頃からドイツ軍では歩兵のことを擲弾兵と呼ぶようになり、装甲部隊に付属する歩兵部隊は装甲擲弾兵と呼ばれるようになった）。その他の支援部隊は装甲砲兵連隊・装甲偵察大隊・戦車駆逐大隊・装甲工兵大隊・高射砲大隊等であった。ただし師団によっては一部の支援部隊を持たないケースも見られた。

武装親衛隊においても名実共に装甲師団が編成されるようになった（従来は内容は装甲師団同様でも装甲擲弾兵師団と呼ばれていた）。国防軍の装甲師団と比較して、装甲擲弾兵連隊が3個大隊編成であることが主な相違点である。また一部の師団は突撃砲大隊や重戦車中隊も保有していた。1943年10月22日付けでライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー、ダス・ライヒ、トーテンコープ、ヴィーキング、ホーエンシュタウフェン、フルンツベルク、ヒトラーユーゲントの各SS装甲擲弾兵師団が第1SS・第2SS・第3SS・第5SS・第9SS・第10SS、第12SSの装甲師団に改称されている。

陸軍一のエリート師団であるグロースドイッチュラント装甲擲弾兵師団も連隊規模の戦車部隊を装備して実質上は装甲師団となった。

空軍のヘルマン・ゲーリング師団が正式に装甲師団となった。1944年1月6日にはヘルマン・ゲーリング降下装甲師団に改名される。

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ティーガー戦車の量産が本格化したが生産数は少なく、運用上の問題もあって一部のエリート師団を除いて装甲師団の編成には含まれず、大隊規模の重戦車部隊が組織された。 
生産が始まったパンター戦車は装甲師団の主力として各戦車連隊の第1大隊に配備されることとなったが全ての師団において改編が行われたわけではなかった。III号戦車に代わって主力戦車となっていた IV号戦車は第2大隊に配備されることになった。 
II号戦車やチェコ製の38(t)などの戦車としては使用に耐えない車輌は自走砲に改造され、長砲身化された突撃砲と共に戦車駆逐部隊が組織された。III号戦車の車台は突撃砲用としてのみ生産が続けられた。 
フンメル・ヴェスペの実用化に伴い、砲兵部隊の一部が自走砲に変わった。 
ソ連軍との戦闘で大損害を受け、戦力を失っていた第22装甲師団は1943年4月6日、第27装甲師団は1943年2月9日にそれぞれ解隊された。 
アフリカで壊滅した第21装甲師団が1943年7月15日に再編された。なお同じくアフリカで壊滅した第10装甲師団は再編されず、再編された第15装甲師団は第15装甲擲弾兵師団に改編された。 
1943年9月22日にノルウェイにてノルヴェーゲン装甲師団が編成された。 
クルスクの戦いで大損害を受けた第18装甲師団は1943年10月19日に第18砲兵師団へと改編され、姿を消した。]]></description>
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         <pubDate>Mon, 27 Apr 2009 10:31:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ビウエラ （古楽器）</title>
         <description><![CDATA[ビウエラ （古楽器）はルネサンス期のイベリア半島、イタリアの一部と中南米で用いられた弦楽器。今日、単にビウエラと言えば、ビウエラ・デ・マーノと呼ばれる、ギターに類似した形状で6コースの複弦を持つ撥弦楽器を指す。

スペイン語の「ビウエラ vihuela」は、イタリア語やポルトガル語では、「ヴィオラ viola」となるので、「ビウエラ」と「ヴィオラ」は語源学上ほぼ等価な単語である。したがって、「ヴィオラ」と同様、当時「ビウエラ」が指し示す楽器の範囲はかなり広く、撥弦楽器から擦弦楽器に至るまで、種々の楽器がビウエラと呼ばれていた。 以下に主要なビウエラの種類を示す。

ビウエラ・デ・マーノ Vihuela de Mano（手のビウエラ） - 撥弦楽器（6コース）、指頭により演奏 
ビウエラ・デ・プエブロ Vihuela de Pueblo（人々の） - 撥弦楽器（4コース）、指頭により演奏 
ビウエラ・デ・プレクトロ Vihuela de Plectro（プレクトルムの） - 撥弦楽器、プレクトルムにより演奏 
ビウエラ・デ・アルコ Vihuela de Arco（弓の） - 擦弦楽器 
擦弦楽器であるビウエラ・デ・アルコがヴィオラ・ダ・ガンバの祖先と見なせることから、「ビウエラ」一般とヴィオール族は楽器学上も同一系譜上にあるといえる。

今日「ビウエラ」はビウエラ・デ・マーノを指して用いられる傾向にある。以下でも単にビウエラといえば、ビウエラ・デ・マーノのことを指すものとする。

ビウエラ＝ヴィオラの名が冠される楽器は中世のフィドル fiddle （ビエール Vielle）を祖先に持つ楽器と思われ、ビウエラ（ビウエラ・デ・マーノ）もその系譜の中に属する。ビウエラ Vihuela に関する最初の文献中での記述は、15世紀のアラゴン王国において見られる。16世紀になるとルイス・デ・ミランの1536年の曲集 Libro de música de vihuela de mano intitulado El maestro に始まり、多くのビウエラ用曲集が出版された。歴史文献に「ビウエラ」がしばしば現れることなどからも、スペイン・ポルトガルと、その支配下にあったシチリア、ナポリ、中南米でかなり広く使われたものと思われる。

ルイス・デ・ミランの曲集 El maestro にはビウエラを弾くオルフェウスの挿し絵がある（右図）。絵の周囲の文章は、オルフェウスをビウエラの発明者としてたたえる内容になっている（画像詳細ページ参照）。また、ミゲル・デ・フエンリャーナのビウエラ曲集のタイトルは Orphenica lyra（オルフェウスのリラ）となっている。このことから、当時スペイン文化圏ではビウエラはギリシア神話に登場し、音楽の神としばしば混同されるオルフェウスの楽器、リラと同一視されており、重要な楽器と見なされていたことが想像できる。秀逸なレパートリーが数多く残されていることなどからも16世紀にはビウエラが隆盛を極めただろうことが容易に想像できる。

その一方で、スペイン文化圏ではリュートはほとんど用いられることがなかったと言われる。これは、レコンキスタで長年モーロ人（イベリア半島におけるイスラム教徒）と対峙し、キリスト教への信仰心も熱烈だったスペインではリュートが中東起源の「モーロ人の楽器」と見なされていたという独特の事情によるものと思われる。ビウエラとリュートは調弦が同じであったことから多くのレパートリーを共有しているが、楽器学上これらがどのような関係なのかは判然としない。一方で、ギターとは強い近親関係にあったとおもわれる。

17世紀に入って大航海時代以来のスペインの覇権が衰えるのと期を一にして急激に衰退し、一部はギターに改造されるなどして姿を消した。

 実際の楽器 [編集]
このように、出版楽譜や文字資料によって、「ビウエラ」という楽器が存在し、頻繁に演奏されていたであろうことには疑いの余地は無いが、では、実際どのような楽器が「ビウエラ」であったのかを考えると、大きな謎にぶち当たることになる。

その原因は、今日まで残されている「ビウエラ」の数が極端に少ないことにある。16世紀に制作されたビウエラであると信じられている楽器は、現在、世界に3つ知られているのみである。そのうち2つはフランスの博物館にあり、残りの１つはエクアドルで発見されたものであるが、これらの楽器がボディの形状や弦長などそれぞれ互いに異なる構造上の特徴を備えていることから、ビウエラが何であったか、すなわち、ビウエラという楽器を定義する製造上、設計上の特徴が何であったのかについてははっきりとしない。たとえば、3つのオリジナル楽器および文献や図像から、ビウエラの形状および構造はギターとほぼ同じだったといえる。その一方で、出版されたタブラチュアによれば、ビウエラは同時代のルネサンスリュートと同様6コースを持ち、調弦も通常はルネサンスリュートと同様、高いほうから4度、4度、3度、4度、4度の調弦であったことがわかる（同時代のギターは通常4コースまたは5コースの楽器であった）。また、リュートやギターとの比較により、ビウエラも複弦（すなわち、2つの弦を一組にして、これらをユニゾンまたはオクターブで調弦する）を持っていただろうと思われる。しかし、コース数以外の細かい点でギターとどのような違いがあったのか、あるいはなかったのかなどについて、決定的な意見は提示されていない。

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         <pubDate>Fri, 10 Apr 2009 17:17:37 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>心身問題に対する一元論の解答</title>
         <description><![CDATA[二元論とは対照的に，一元論は、唯一の基礎的実体だけが存在すると主張する。今日、西洋哲学において最も広く受け入れられている一元論は物理主義（Physicalism）である。[9] 物理主義的な一元論は、物理的な実体だけが唯一存在していており、我々の科学が最もよくその性質を明らかにする，と主張する。[31] しかし、物理主義といえども、その定式化は多様なものであり得る（下記を参照）。

一元論のもうひとつの形態は観念論（唯心論）である。これは存在する唯一の実体は精神的なものであると主張する。これは現在の西洋哲学においては一般的ではない立場である。[9]

現象主義は、外的対象の表象（あるいはセンス・データ）が存在するもののすべてである、とする理論である。この考え方は、20世紀初頭、バートランド・ラッセルや多くの論理実証主義者が一時的に採用したものである。[32]

第三の可能性は、存在するのは物質的でも精神的でもない何かである、という考えである。精神的なものも、物質的なものも、両方ともこの中立的な実体のもつ性質であるということになる。この立場は、スピノザが採用し、[8] 19世紀になってエルンスト・マッハによって広まったものである。[33] こうした中立的一元論は、いわゆる性質二元論（Property dualism）に似ている。

物理主義的一元論 [編集]

 行動主義 [編集]

行動主義は、20世紀の大半、特にその前半において、隆盛を極めた心の哲学である。[9] 心理学において、行動主義は内観主義の欠点に対する反動として発達した。[31]

自分自身の内的な心的生活についての内観的報告は正確になるように丁寧に吟味されているわけではなく、予測的一般化を形成する上では利用できない。一般化や三人称的吟味の可能性なしには心理学は科学になりえない、と行動主義者は言う。[31]したがって、そこから抜け出すには、内的な心的生活という考え方（ということはつまり存在論的に独立なものとしての心）を消去して、そのかわりに観察可能な行動の記述に完全に集中することである。[34]

心理学におけるこうした展開と並行的に、ある種の哲学的行動主義（「論理行動主義」と呼ばれることもある）も展開された。[31]この立場は強力な検証主義に特徴づけられているのだが、検証主義によれば内的な心的生活に関する検証不能な言明は無意味だと一般に考えられる。行動主義者にとっては心的状態は内観的報告ができるような内的状態ではない。心的状態とは行動ないしある仕方で行動する性向の記述にすぎず、他人の行動を説明したり予測したりするために第三者によってなされるものである。[35]

哲学的行動主義は、ウィトゲンシュタインが支持していたことで知られるが、２０世紀の後半以来、認知主義の興隆と同時に支持を失っていった。[17]認知主義は行動主義のいくつかの問題点を認識して行動主義を否定した。たとえば、行動主義は、ある人がひどい頭痛を経験しているという出来事について誰かが語るときに、その人の行動について話していることになる、という点で直観に反する主張をしていると言える。

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         <pubDate>Fri, 27 Mar 2009 07:48:42 +0900</pubDate>
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         <title>ウシュマル (Uxmal) </title>
         <description><![CDATA[ウシュマル (Uxmal) は、メキシコ、ユカタン州にある古典期後期から後古典期のマヤ文明の遺跡。

メリダの南方78kmの地点にあり、カンペチェへ向かうメキシコの高速自動車国道261号線で、メリダから110kmの地点にある。ウシュマルという地名は、オシュ＝マハアルと発音されたと考えられ、マヤ語の研究者の間でその由来について論争があるが、コロンブス到着以前の古いマヤ語の名称と考えられ、「三度にわたって建てられた町」という意味である（cf.カラコルの旧名「オシュ＝ウィツア」を見よ）。

多くの観光客の目的地となるためにウシュマルの建造物の整備や復元にたくさんの労力が注がれる一方で、細々とであるが真摯な考古学的な発掘調査や研究がなされてきた。この都市の占地が行われた時代はよくわかっていないが、人口は、現時点では概算で2万5千人ほどと推定されている。ただし、あくまでも非常に大づかみな推定であるため、より詳細なデータによって見直されることが望まれる。 今日目にすることのできる大多数の建造物は、だいたい紀元700年から1100年の間に建てられたものである。

マヤの年代記によれば、ウシュマルは、フン＝ウィツィル＝トゥトゥル＝シウによって紀元500年に建てられた町であるという。ウシュマルは何代にもわたってシウ家によって支配され、ユカタン西部でもっとも強力な都市であった。そしてチチェン・イッツアと同盟を結んで北部ユカタン全域を支配していた。紀元1200年以降は主要な建築物を新たに建築することは行われなくなる。このことは、ウシュマルと同盟者チチェン・イッツアの衰退とマヤパンへユカタンの権力が移っていく過程と関係しているとおもわれる。 シウ家が、マニへ首都を移すとともに、ウシュマルの人口は減少していった。

スペインによる征服後、シウ家自身は、スペインの同盟者となったが、初期植民地時代の記録によると、ウシュマルは、1550年代までは、ある程度の数の人々が住む重要な場所であったが、そこにスペイン風の町が建てられることはなくやがてウシュマルは放棄されることとなった。
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ウシュマルの復元作業は、建物が通常より良好に残っていたおかげで他の多くのマヤ遺跡よりも良い条件で行うことができた。建物によく使われる漆喰のツナギを使用しないで精巧に切り取られた切り石を使用して建てられている。ウシュマルにある建造物は、優雅さと美しさにおいてパレンケの建造物に匹敵するものである。ウシュマルにおいては、その前半の時期においては、その大部分がプウク式の建物である。保存状態が良好であるため、一般の観光客にも当時のウシュマルの祭祀センターの様子をほぼ完全な形で想像させることのできる数少ないマヤ遺跡のひとつとなっている。

よく知られている著名な建造物は下記のとおりである。

総督の館 
壮大な基壇の上に長いがそれほど高くない建造物が建てられている。これは、コロンブス到着以前のメソアメリカでは、最長の外観をほこる建造物である。 
魔法使いのピラミッド 
いくつかの点で通常ではない良好な状態の建造物である。ピラミッドを構成する何層かの基壇は、メソアメリカでは通常長方形に造られる基壇を卵型に造っている。メソアメリカでは、通常古い神殿ピラミッドの上にかぶせて新しい神殿ピラミッドを築くが、古いピラミッドの中央よりわずかに東に偏って新しいピラミッドを築いている。そのため、古いピラミッドの西側部分は保護されてその上に二度と新しい建物が築かれることはなかった。 
尼僧院 
内面と外面に精巧で美しい彫刻が施されたウシュマルにあるいくつかの中庭を方形の回廊状に囲む良好に残された建造物の中でもっともすばらしい建物である。なお、尼僧院とはスペイン人によってつけられたあだ名で、実際には支配者の宮殿と考えられる。 
大球戯場 
メソアメリカ独特の球戯が行われた場所で、901年にチャン＝チャク＝カクナル＝アハウという王によって奉献されたという銘文が刻まれている。 
ウシュマルには、ほかにも注目すべき建物や多くの神殿ピラミッド、方形回廊状建物や記念碑、埋まったまま保存されている建物がある。

マヤ文字が刻まれた銘文の多くは、一連の石碑に刻まれているが、一つの神殿に対になるようにグループになっているわけではない。この石碑に刻まれているのは歴代のウシュマルの王たちである。また石碑は、たおれかかっていたり、ばらばらに壊れそうな兆候を示しているので、建て直したり修復したりする必要がある。

近世以降 
ウシュマルは、メリダからそう遠くないカンペチェへ向かう道路沿いにあるので、メキシコ独立以来多くの見物者が訪れた。1838年にジャン＝フレデリック・ワルデック伯爵が、この遺跡について詳細な記録を初めて出版している。ジョン・ロイド・スティヴンズとフレデリック・キャザウッドは、1840年代に二度にわたってウシュマルを訪れ、建築家であり画家であったキャザウッドは、この古代都市の建造物がかってどのように建てられていたかわかるくらいの多くのプランやスケッチを報告する予定であったかのように詳細に描いたが不幸なことに現在その大部分は失われている。シルヴァヌス・モーレイは、1909年に、以前にはいくつか見落とされてきた建造物を含めてウシュマルの地図を作成した。
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         <pubDate>Wed, 11 Mar 2009 14:48:59 +0900</pubDate>
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